薄田浩司 回顧展

 


会期 | 2016年11月22日(火)~30日(水)
10時~17時 ※会期中無休
会場 | MCAA6gallery
感謝の会 | 11月22日 16:00~


父がこの世を去り早1年という月日が流れました。
今更ながらその存在の大きさを実感しているところです。
益子を愛し、仕事を愛した姿は純粋でいつも笑顔に溢れていました。
この度、回顧展を開催する運びとなりました。
作品を通して父のやさしさや温かさを想い出していただけたら幸いです。

薄田いと


薄田氏が益子に入った1967年は、加守田章二が高村光太郎賞を受賞した年であり、益子に創作陶芸の新しい風が吹き始めた頃である。
当時の、氏と同じように他から入った陶芸家達が、ポスト加守田をめざし競い合っていた中で、氏は独自の道を模索した。
器の形を借りた造形というのではなく、かといって用の美に徹するというものでものない。おそらく、その中間の道をめざしたのではなかろうか。
氏の作品が大胆な造形というのではなく、シンプルでそれでいて静かな強さを秘めているのはその為である。塩釉の調子も、淡い感じでやさしさに溢れていて、薄田塩釉の大きな特長となっている。
おそらくこうした方向性は、氏のひかえめで、穏やかな性格によるものだろう。
娘のいとさんが、「誰からも好かれる、心の広い、やさしい父でした。」と述べているように、益子という土地になじみ、人の和を何より大切にされていた。
酒こそ誰もかなわない程強かったが、陶芸で中庸を求められたのは、人と競うことを嫌った、そういう氏の生き方のせいではなかったか。
しかしながら、氏の陶芸に対する自己の生き方と直結するこうした姿勢は、確実に次の世代に受け継がれていて、今の陶芸の1つの方向を示しているように思えてならない。

藤原郁三

薄田浩司 略歴

1967 京都府立陶工訓練校修了後、同年益子に入る
    村田 元 氏に師事
1970 益子町城内に薄田窯築窯
    以後登り窯での作陶を続ける
2000 作陶30周年記念展 (ギャラリー佳乃や 益子)
    インターナショナルウッドファイアフェスティバル 参加 (韓国龍仁市)
     千年の扉展 (栃木県立美術館)
2005-2007 個展 (ギャラリー開 | 東京)
2008-2015 父娘展 (ギャラリー開 | 東京)
       日本陶芸展・北関東美術展・益子陶芸展 入選

2015年11月死去(享年70歳)